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二十世紀初頭にアメリカではF自動車がF方式と呼ばれる大量生産方式を生み出し、以後、アメリカは世界の産業界のなかで圧倒的優位に立つことになった。
終戦時、アメリカと日本の生産性の格差は八倍あると言われた。
なかでも自動車産業はアメリカが強く、その日米生産性格差は十倍あると言われた。
一九四五年八月十六日、T社長は「三年でアメリカに追いつけ」という決意を表明した。
アメリカに追いつけなければ日本企業に明日はなかった。
これが当時のTの「スローガン」として打ち出された。
これは全社員に進むべき方向性を指し示した「旗印」である。
スローガンとは「ありたい形(姿)」を歌い上げた標語である。
同業他社に勝つために達成すべきターゲットを明確に示す「経営戦略」や、社員の守るべき行動規範となる「企業ビジョン」とは区別される。
戦略・ビジョンを実現する日常活動の指針のためにスローガンはつくられるが、残念ながらそのほとんどはお題目に終わってしまう。
スローガンからはなかなか行動は生まれないのが普通である。
なぜかというと理由ははっきりしている。
掲げた理想が普通の社員から見れば現実からかけ離れていて、とてもできそうにないし、何を具体的にやればよいかわからないからである。
Tの場合で考えると、「三年でアメリカに追いつけ」と社長から言われても、その時点で常識的に考えれば一○○パーセント実現は不可能である。
けっして社員はスローガンを無視しているわけではない。
もし本当にそうなればどんなによいかと感じている。
しかし、可能性がまったくないのでは行動を起こしようがない。
しかし世の中にはこの「不可能がなんとか可能にならないか」と考える「おかしな人材」が存在する。
一九四九年に機械工場長に就任したO氏はそういう人物のうちの一人であった。
後に彼はT生産方式の生みの親と呼ばれた。
彼は「三年でアメリカに追いつけ」というスローガンに強い関心を示し、行動を起こした。
工場レベルでアメリカに追いつくということは、十倍の日米生産性格差をなくすということだ。
O氏はまず次のように考えたという。
「アメリカ人がいくら日本人より体が大きく、体力があるからといって、一人で十人分の仕事ができるはずがない」。
日米の生産性の格差が生まれる理由ははっきりしている。
それは生産量の大きさの違いによる。
これを簡単な例で考えよう。
A製品の生産が終了し、同じ組立ラインで次にB製品をつくるとすれば、A製品の生産が終了したら、次のB製品の生産ができる準備をしなければならない。
この準備作業を「段取り替え」と呼ぶ。
当時、プレスという加工作業でこの段取り替えに二時間かかっていた。
アメリカでは一日八時間でA製品を六時間加工し、次にB製品の段取り替えに二時間費やす。
これに対して製品あたりの生産量が少ない日本では、A製品を一時間加工し、次にB製品への段取り替えに二時間費やして一時間加工し、次にC製品の段取り替えに二時間かけて一時間加工する。
このように大量生産方式を踏襲する限り、アメリカでは一日に六時間生産活動がなされているのに対し、日本は三時間しか生産活動がなされず、日本のプレスの生産性はアメリカの半分となる。
O氏がアメリカに追いつくために考えた基本的なアイデアは「ムダを徹底的に排除する」ことで多種少量生産をせざるをえない日本がアメリカに追いつくにはどうすればよいか。
そこでO氏は「もし限りなく段取り替え時間をゼロに近づければ、アメリカを追い越せる」のではないかと考えた。
ここから「段取り替え時間を三分にしろ」という指示を出し、なんとTの社員はそれを実現していくのである(Tではこれを「シングル段取り」と呼ぶ)。
常識的には実現不可能に思えるスローガンであっても、発想を変えれば「もしかしたら可能かもしれない」というところにまで落とし込むことはできる。
そこまで落とし込んだ考え(「段取り替え時間を三分にしろ」)を「狙い目」と(Kは)呼んでいる。
さらに「もしそれが可能であれば、なんとか近づくことはできるかもしれない」と、達成されたイメージが湧くテーマにまで落とし込まなければ、現実には行動は起きない。
そのイメージが湧いたら、それを関係者全員で共有化できる言葉(コンセプト)として表現する。
ここまでできればそのコンセプトを展開する運動を巻き起こし、社員から無限の知恵を引き出していくことが可能になる。
大量生産のアメリカと多種少量生産の日本を比較した場合、生産性の格差が開く大きな要因は自動化の比率にあった。
アメリカでは人を機械に置き換える大量生産によって十時間で終える作業を、人手で行う日本では倍の二十時間かかっている。
しかし、この作業の中身をよく眺めてみると、実際に付加価値を生み出している作業(加工)と、なんら付加価値を生み出さない作業から成り立っている。
O氏は前者を「働き」と呼び、後者を「動き」と呼んで区別した。
そして、もしTの作業者が「働き」だけで作業をすれば、ムダな「動き」をしているアメリカに追いつけるのではないかと考えた。
自動車の組み立てラインでは一般的には作業のなかで、この「働き」の比率は五○%くらいである。
したがって、Tが働き率一○○%で作業を行えばアメリカに追いつけることになる。
「ムダを徹底的に排除して、働きだけで生産しろ」というのが、O氏が見つけたもう一つのテーマ(コンセプト)である。
次にだれが考えても明らかにムダと思われるのは、せっかく加工した製品が不良で「手直し」を必要とする作業である。
車の構成部品は約二万点と言われる。
しかし、車メーカーに納入されるときは機能別にモジュール化されているので約四千点になる。
これだけの部品を組み合わせて車を生産するわけだから、組み立て後の最終検査では必ずなんらかの不具合が見つかる。
世界中の自動車メーカーでは最終組み立て後、全車両がもう一つ別の工場に搬入されて不具合を手直しされて完成車となる。
そこでO氏はムダな「手直し工場をなくせ」というさらに新しいテーマ(コンセプト)を設定した。
そうすればアメリカを追い越せると考えた。
これは「組み立てライン中で品質をつくり込む」ということである。
これを可能にするO氏のアイデアは「組み立てライン中で不良が発生したら、いったんラインを止めてその場で速やかに手直しをし、手直し後再度ラインを稼働させる」というものである(機械に「人間の知恵」を組み込んだ「ニンベンのついた自働化」とTでは区別して使っている)。
こうすれば組み立て終了時にはすべて良品が出てくるのは確かだが、異常が発生するたびにラインを停止させることは稼働率を下げることになる。
稼働率が低下していくと計画が未達となり困った事態が生じる。
問題を顕在化させて、困ることで知恵を出させるT「改善方式」がここで生まれている。
一九六七年秋、Kが工場の生産管理部門の課長をしていたときに、この「異常発生でラインをいったん停止」という仕組みを導入することになった。
実施後、ラインがどんどん停止するため、十日目にして早くも生産計画の達成が不可能となり、いったん導入中止となった。
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